ゴルゴンのお城巡りとB級グルメの旅

日本百名城スタンプラリー2周目にチャレンジしています。お城の散策と同時に地元B級グルメも堪能します。あと攻城団にも参加しています。


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長篠城登城! 日本百名城33城目 2011.1.22

長篠城

別名: ナシ

所在地: 〒441-1634 愛知県新城市長篠字市場22-1

城地種類:平城

築城年代: 永正5年(1508)

築城者: 菅沼元成

文化財史跡区分: 国指定史跡

案内看板

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連休が取れなかった為、休日1日で愛知県のお城(日本百名城)

3城を制覇する旅に出掛ける事にしました。

愛知県3城目、最後のお城はここ、" 長篠城 " へ。

長篠城概要:

永正5年(1508)に土豪菅沼元成が宇連川と寒狭川の合流点の断崖上築城した。

ここは2つの川が堀となり、断崖が城壁となる天然の要害の地となっている。

菅沼氏は武田氏の支配下に入ったが、のちに徳川家康が城を奪い大改築した。

天正3年(1575)家康の家臣奥平貞昌が城主のとき、武田勝頼軍が城を包囲し落城寸前まで追い込んだが、織田・徳川連合軍が駈け付けて城を死守した。

(手元の資料より引用。)

牛淵橋から

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宇連川(右)と寒狭川(左)の合流地点の断崖絶壁に築かれて

いた長篠城、合流地点の川幅は50mにも及びます。

 

強右衛門磔刑の図

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武田軍に包囲されているなか、兵糧庫を焼失し、落城寸前の長篠城

城主奥平貞昌の命を受け城を脱出、岡崎へ行き徳川家康織田信長に救援を求め快諾を得たが、城に戻る途中城外で武田軍に捕らえられて磔刑となりました。

 

 

説明看板

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援軍はあと二、三日で来る。それまでの辛抱である」と、自分の命と引き換えに城内の兵たちに援軍が来る事を伝え城兵達の命と士気を守ったこの一連の行動。

なかなか出来る事ではありません。

 

本丸跡

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城内に入るとすぐに本丸跡に到着します、この石碑のすぐ裏に

線路があり電車が走っています。

良く見ると石垣の跡が見えます、この辺りをもっとよく見ておくべきでした。

 

 

スタンプ押印

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スタンプ設置場所:長篠城址史跡保存館窓口

スタンプの状態: " 普通 " 下部がややかすんでいます。

 

ご当地B級グルメ

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豊橋市の観光コンベンション協会が、地域おこしを目的として、地元の麺類組合に開発を依頼して出来上がったのが「豊橋カレーうどん」です。

豊橋カレーうどんを名乗るために必要なルール5ヵ条が定められています。

① うどん麺は自家製麺とする。

② 器の底から、ご飯、とろろ、カレーうどんの順に盛る。

③ 日本一位の生産量を誇る「豊橋産のうずら卵」を具に使用する。

④ 神漬けまたは壺漬・紅生姜を添える。

⑤ 福愛情を持って作る。

感想としては最初はカレーうどん、その後雑炊感覚のとろろご飯、と二種類の風味を堪能でき、最後まで飽きることなく食べる事が出来ます。

ボリュームもあり、物足りなさを感じる事はありません。

長篠城

見所ポイント: 主郭、野牛郭、土塁、堀、牛淵橋から見る長篠城

駐車場:長篠城址史跡保存館横(50台)無料。

総評:主郭北側に残る巨大な土塁と深い堀をはじめ、城内に巧みに配されていた曲輪の痕跡を歩いて確かめたい。また対岸からは激戦に耐えた城跡の地形が実感できる。

と、手元の資料に書いてあります、残念ながら巨大な土塁と深い堀は見逃しました。

次回登城時にリベンジするつもりです。

対岸の牛淵橋から見る長篠城全景は、武田軍の猛攻に耐え抜いた長篠城の要害ぶりがよく見てとれる為、是非とも訪れてもらいたいポイントでもあります。

時間がある方は設楽原歴史資料館や設楽原古戦場等もおススメです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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