みやじ の登城備忘録

2018.4月スタートの続日本100名城スタンプラリーをメインに活動をしています。お城の散策と同時に地元B級グルメも堪能します。


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出羽・次年子舘登城!畝状竪堀群、二重横堀、四重空堀が施された城砦~

出羽・次年子舘

所在地:〒999-4141 山形県北村山郡大石田町次年子

城地種類:山城。

築城年代:不明。

築城者:不明。

歴代城主: 不明。

文化財史跡区分:不明。

南西の連続空堀

山形県北村山郡大石田町に、メジャーではないが、単郭の縄張りに約30条もの畝状竪堀群、二重横堀、四重の空堀が施された見事な城があるというので行ってきました。2023.5.4.登城。

次年子舘概要:

次年子川西岸の舌状台地先端に位置しており、(標高268m、比高57m)舟形町~村山町を繋ぐ街道沿いに築かれた山城。築城年代や築城者等の詳細は不明で、詳しい事はほとんど分かっていません。城跡は単郭で、約30条の畝状竪堀群と二重横堀、そして南西の尾根に施された四重の堀が良い状態で現存しています。

城域到着

Googleマップで「次年子舘」を検索し、城跡の真下に到着。その道路脇が少し広くなっている所に車を停め、その反対側の斜面に先人達の足跡があるのでそこから斜面を直登(30m位)します。

 

南側・二重横堀

城域に着き、少し進むとこちらの二重横堀が目に飛び込んできます。この横堀は城の東側の虎口まで続いていきます。この横堀は後で見学するとして、まずはそのまま真っすぐ進み南西尾根の連続空堀を見に行きます↓

 

この辺りの畝状土塁と空堀は、堀切内から続いている代物で、そのまま竪堀のように斜面を下っていきます。このような造りの防御施設はとても面白い。

 

 

こちらの堀切内から続く畝状土塁と空堀は、のちほど動画で紹介します。

 

四重堀を南西から

こちらの遺構、人によっては四重堀切と表現する人もいるが、正直いって何と表現したらよいか迷ってしまう。個人的には「大きな堀切の内部に、畝状土塁で仕切られた空堀が4つある」と表現したい。

 

連続堀・北西部

大堀切内に施された畝状土塁と空堀は、そのまま北西へと下って行き、竪堀として機能していきます。このまま斜面を横移動し、北側斜面の畝状竪堀群を見に行きます↓

 

北側・畝状竪堀群

城域の北西~北東までを、このような畝状竪堀群が約30条ほど施されています。ただ、その状態はあまり良くなく、かなり劣化が進んでいて埋まりかけています。

 

 

先程の竪堀群の上部は、このような主郭の切岸となっています。

 

 

北東辺りの畝状竪堀群も北西や北側と同じく、劣化が進み埋まりかけています。このまま東端まで進み、折坂虎口の桝形を経由し、主郭内部へと進みます↓

 

囲み土塁

主郭の虎口部と北西部、そして南西~南側の部分にはこのような土塁が施されています。

 

土塁の高さは1mちょっと、あるでしょうか?こういった部分もしっかりと現存しているので、見応えがあります。

 

主郭から見る連続空堀

圧巻ですね、素晴らしいっ!写真だけではこの素晴らしさが伝わらないので、動画を撮影してみました。↓

 

連続空堀・動画


www.youtube.com

この連続空堀の右側(西側)はこんな感じ↓

 

 

そのまま竪堀として、豪快に斜面を下っていきます。

 

 

 

そしてこちらが左側(南側)、ここからこの畝状土塁で構成された空堀がそのまま南側へと横堀として機能しながら、南側斜面を竪堀として下っていきます。

 

 

これですね、この様子も動画に収めたので見てみましょう↓

 


www.youtube.com

繋がってるんですよ、この畝状土塁で仕切られた空堀が…。これで主郭の散策は終了、東側の虎口へといったん戻り、そこから二重横堀を見に行きます↓

 

二重横堀・始点

東端の虎口から、この二重横堀が南側まで続いていきます。

 

 

高低差のある二重横堀で、まさに「二段の横堀」と表現したほうがいいのかも。

 

数百年も経過しているので、ある程度の劣化は仕方がないのかな…。

 

 

ご覧の通り、東端から南側までしっかりと二重横堀が敷設されています。

 

二重横堀・南端

二重横堀の南端部は、連続空堀が南下していき、竪堀になっていくその横っ腹まで続いていきます。これで次年子舘の散策は終了、次の城へと向かいました。

 

次年子舘ログ

時間:1時間24分、小さい砦ぐらいの大きさなので歩き回っても疲れません。

距離:1.4km、北東~南西に展開する縄張り、歩きやすいので疲れません。

標高・比高:標高は268m、比高は57m。(多少の誤差あり)

 

広域

とても山深い場所の舌状台地先端に築かれている、ここ次年子舘。次年子川沿いに通っている街道の監視には、まさにうってつけの場所である事がうかがえます。

 

出羽・次年子舘

見所ポイント四重空堀(堀切)二重横堀畝状竪堀群囲み土塁、虎口、等

駐車場: 基本無し。(直登付近にスペースあり)

総評:現在の山形県北村山郡大石田町に位置し、標高268m(比高57m)の次年子川西岸の舌状台地先端に築かれた城砦。眼下に流れる次年子川沿いに通っている街道の監視と、この地域の軍事拠点として機能していたと考えられる。単郭のシンプルな縄張りではあるが、巨大な堀切内部に施された四重空堀、二重横堀、数十条にも及ぶ畝状竪堀群は、訪れた者を圧倒し、感動させること間違いなしの見事な城跡となっている。こんな見所満載にして、見応え抜群な城跡に週末あたり訪れてはいかがでしょうか。

 

 

 

上野 ・名胡桃城登城!続日本100名城58城目!小田原征伐の発端となった山城~

名胡桃城

別名:━。

所在地:〒379-1314 群馬県利根郡みなかみ町下津。

城地種類: 山城。

築城年代:明応元年(1492)頃。

築城者沼田市

主な関連施設:名胡桃城址案内所(スタンプ設置場所)。

文化財史跡区分: 県指定史跡。

三の丸方面を眺める

2017年4月6日の「城の日」に財団法人日本城郭協会が続日本100名城を発表しました。群馬県からは 岩櫃城沼田城とここ ” 名胡桃城 ”が選ばれました。スタンプを押したうえで登城数をカウントしたいと思います。今回の ” 名胡桃城 ”をもって続日本100名城、登城58城目とします。2023.5.20.登城。

名胡桃城概要:

利根川赤谷川の合流地点南西の段丘上に築かれた城で、標高430m比高50mの連郭式の山城。1589年(天正17)豊臣秀吉は「利根川を境として沼田城を含む東部一帯を北条に、名胡桃城を含む西部一帯ただし、赤谷川の左岸に限り真田に」という裁定を下します。ところが北条方の猪俣邦憲はこの裁定を破り、名胡桃城を攻略してしまいます。この事件をきっかけに、1590年(天正18)に小田原征伐が行われ北条氏は滅亡、その後名胡桃城は廃城となりました。

専用駐車場

ここは般若郭と呼ばれている郭跡で、縦約85m、横約55mの独立した郭となっています。元々は館跡だった可能性がありますね。

 

名胡桃城址案内所

こちらで続日本100名城のスタンプと御城印とパンフレットを入手する事ができます。

営業時間は(09:00~16:00)となっています。

 

 

こちらから城内へと入って行きます。馬出の跡があります、早速見てみましょう↓

 

馬出跡

三日月状に舗装されている部分が馬出のあった所です。馬出に関する説明版があったので見てみましょう↓

 

 

馬出の復元想像図があったので見てみます↓

 

 

これはなかなか良いですね、とても分かり易い。

 

 

三の丸西側の堀

三の丸西側の空堀となります、堀幅が結構ありますね。

 

三の丸

東西に細長い形をした郭となっています。近くに説明版があったので見てみましょう↓

 

 

幾度となく改変がなされているみたいですね。三の丸復元想像図があったので見てみましょう↓

 

 

よく出来ていますね、郭のイメージがしやすい。

 

二の丸へ

三の丸と二の丸とをつなぐ、こちらの木橋を渡り二の丸へと入ります。

 

 

三の丸~二の丸間にある堀切(西側)となります。良いですね、しっかりと整備されている感じです。

 

 

こちらが三の丸~二の丸間の堀切となります。二の丸虎口の説明版があったので見てみましょう↓

 

 

土塁もしっかりと復元され、食違い虎口と土塁で二の丸への堅固な侵入口を、見事に復元している感じです。

 

 

こちらが二の丸南虎口の復元想像図となります。これで三の丸の散策は終了、虎口を通過して二の丸内部へと進みます↓

 

二の丸

こちらが二の丸となります、結構広い感じです。近くに説明版があったので見てみましょう↓

 

 

こちらの郭には建物群が、けっこう立ち並んでいたみたいですね。例の復元想像図があったので見てみましょう↓

 

 

しかし、よく出来てるな、この復元想像図。

 

二の丸東・腰郭

二の丸の東側に付随するこちらの腰郭、その役割はどのようなものだったのか…。

 

二の丸・北虎口

二の丸北側にある虎口です、復元された土塁と土塁の間には門があったと思われます。

 

 

 

食違い虎口となっており、本郭と二の丸との間には大きな堀切があります。ここに二の丸北虎口の説明版があったので見てみましょう↓

 

 

こちらが二の丸北虎口の説明版ですが、何か不自然に感じた。通常、本郭側の虎口が厳重な守りの造りになるのに、ここ名胡桃城では二の丸側の虎口が厳重な守りの造りになっている点です。(これってもしかして…)

 

二の丸北虎口・復元想像図

なるほどね、イメージしやすいです。これで二の丸の散策は終了、本丸へと進みます。

 

本丸跡

こちらの本丸は東西約50m、南北約25mと二の丸や三の丸と比べるとやや小ぶりな郭となっています。近くに本丸の説明版があったので見てみます↓

 

 

この説明版を見て分かるとおり、本丸とされる郭の虎口はその造りがとても簡素にできており、二の丸北虎口の比ではありません。果たして本当にここが本丸だったのでしょうか?

 

 

これで本丸の散策は終了、ささ郭へと進みます↓

 

本丸~ささ郭間の堀切

こちらの堀切は、幅約12m深さ約6mの堀切となっています。ここにも例の想像図があったので見てみましょう↓

 

 

ささ郭の両側にあった土塁を、現在でも見る事ができるとの事だったので、見てみます↓

 

この草木が生い茂っている盛り上がりが土塁跡となります。この郭の両側がこのような感じなので、とても狭く感じます。これでささ郭の散策は終了、袖郭へと向かいます↓

 

袖郭から見る物見郭

袖郭はとても小さい郭で、その先に物見郭があります。

 

 

石柱と幟がある場所が「物見郭」となり、城域はそこまでとなります。これでいったん、本丸へと引き返します。

本丸からの景色

こちらが本丸からの景色となります。これで名胡桃城の散策は終了、次の城へと向かいました。

 

スタンプ押印

スタンプ設置場所:名胡桃城址案内所。

スタンプの状態: " 普通 " 。

スタンプの印影:?。

 

御城印

御城印販売場所:名胡桃城址案内所。

御城印のサイズ:通常サイズ。

御城印の値段¥:一枚300円。

 

上野・名胡桃城

見所ポイント本丸二の丸三の丸、馬出跡、堀切(空堀土塁食違い虎口、等

駐車場: 般若郭跡に数十台(城址専用駐車場)。

総評:現在の群馬県みなかみ町に位置し、標高430m(比高50m)。利根川赤谷川の合流地点南西の段丘上に築かれた山城。沼田城まで3kmの立地にあり、晴れた日には沼田城内を一望できるほどの場所となっています。現在、城跡は県指定史跡として、また大河ドラマの影響もあってか整備が進み、軽装でも見学が容易にできます。郭の形状も状態が良く、空堀や土塁も復元が進み、とても見応えがあります。そんな見応えのある名胡桃城に週末あたり訪れてみては いかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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