ゴルゴンのお城巡りとB級グルメの旅

日本百名城スタンプラリー2周目にチャレンジしています。お城の散策と同時に地元B級グルメも堪能します。あと攻城団にも参加しています。


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鉢形城 日本百名城29城目!

鉢形城

別名:なし

所在地:〒 369 - 1224  埼玉県大里郡寄居町鉢形2496 - 2

築城年代:文明8年(1476)、永禄3年(1560)頃

築城者:長尾景春北条氏邦

城地種類:平山城

文化財史跡区分: 国指定史跡

鉢形城登城!百名城No.18  2010.12.12

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週末2日間で茨城県、埼玉県、群馬県のお城(百名城4城)を制覇する

旅に出かけました、3城目はここ " 鉢形城 " へ。

鉢形城概要:

鉢形城は1476年(文明8年)に山内上杉氏の家宰(筆頭重臣)長尾景春の築城と伝えられています。荒川と深沢川にはさまれた断崖絶壁上に築かれた、天然の要害でした。

天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原攻めの際に鉢形城も豊臣方の大軍に囲まれ、氏邦は城兵の助命を条件に開城し、戦いの後間もなく廃城となりました。

駐車場に到着

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事前の下調べで駐車場はここ位しか無いみたいだったので、ナビをセットし

やって来ました「 鉢形城歴史館 」。

週末の良い天気なのにご覧のとおり、駐車場は閉店ガラガラ状態。

こんなにも素晴らしい城跡なのに…。

 

駐車場横休憩所

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駐車場横の休憩所です、壁に家紋が掛けてあります。

さすがは名だたる名家の家紋だけあり、どれもデザインが素晴らしいです。

 

縄張り図(現在)

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鉢形城、現在の縄張り図となります。

説明にもありますが、とにかく広い!24万㎡もあります。

東京ドーム約5個分の大きさです。

 

縄張り図(廃城後200年後)

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本丸の際は荒川と沼に囲まれ、しかも断崖絶壁であったと記されています。

ここで注目すべきは上部にある「 」 です。

荒川と沼のコラボが見たかった)。

この沼と荒川があってこその

鉢形城の防御力だったと思います。

 

城内散策

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何処の小川だったかまったく覚えていません。

 

桜・エドヒガンの大木

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3月末になると笠鉾(かさほこ)状の枝一杯に花が咲き誇り、下から見上げると淡紅色の花と青い空とのコントラストが美しい古木です。

隣あう2本の桜の木がいったん伐採され、その株跡から12本の芽が伸びて、美しい樹形になりました。

樹高18m、枝張りは東西23.5m、南北21.8m、根回り6.5mです。付近の古老が子供の頃にすでに巨木になっていたという話から推定樹齢は150年を超えます。

平成15年には寄居町指定天然記念物に指定されました。 寄居町公式HPより引用

 

三の丸

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三の丸に到着です、奥に見えるのが「四脚門」です。

発掘調査で検出した礎石と石階段から四脚門と想定し、復元されました。

 

復元空堀

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二の丸と三の丸の間にある復元された空堀です。

往時の空堀はもっと急角度で堀も深く、エグイ感じだったらしい。

ボランティアガイドのおじさんが言っていました。

エグイ感じとは…? どんな感じ…?

 

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空堀を上から眺めます、戦う城の機能美を感じさせる光景です。

 

石積み土塁

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土塁の表面に川原石を階段状に積み上げているのが特徴で、約1m積んでは控えをつくり、更に積み上げて土塁全体を高く造り上げています。

 

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この丸い玉石の石垣を見ていると、

静岡県の " 横須賀城 " を思い出します。

 

二の丸

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ここ鉢形城には伝逸見曲輪秩父曲輪など管理者の名前が付いた

小さな曲輪がいくつかあります。

秩父曲輪とは秩父衆が管理していた曲輪であり、天正14年(1586)3月に城主

北条氏邦秩父衆に出した文書に、「月に一度は大掃除せよ」などと、清掃の仕方まで指示されていました。 (手元の資料より引用)

 

土塁

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この広い城内にこの様な土塁がいくつも点在しており、

土塁好きの方には嬉しい城跡となっています。

 

ご当地ゆるキャラ

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鉢形城民話(竜宮伝説)・ 姫にもらった刀編

「300年ほども昔のことだ。寄居の鉢形に小さな城があった。不思議なのは、その城のまわりに巡らされている堀だった。いつも底の土を見せておってな、よほどの大雨でも降らんと、水の流れていることはなかったとよ。
 そんな空っぽの堀では、いくさのときにゃ役に立たんように見えるが、じつはちゃんと工夫がしてあったのじゃ。堀の底に48の穴が開けてあり、それぞれ蓋がしてあった。その蓋の形がご飯を炊く釜の蓋に似ておったんで、人々は『鉢形の48釜(すがま)』と呼んでいたげな・・・」 (日本昔話風に読んでください

 その釜の上に、左衛門という男が粗末な家を建て、美しい妻と二人で暮らしていた。左衛門は、荒川で魚をとって暮らす貧しい漁師だった。ある日、妻が左衛門に告白する。

「じつは、私は龍宮城の乙姫さまにつかえているタイなのです。そそうをした罰で、人間の姿に変えられていたのです。さきほど、乙姫さまからお許しが出たから、早く帰れ、と龍宮の使いがまいりました。」

 妻は魚の姿になり、堀の底の釜形の蓋を上げ潜っていった。左衛門が追うと、やがて龍宮の御殿にたどり着く。左衛門はそこでごちそうを食べ、うまい酒を飲み、夢のような日々を送るが、やがて自分の家が懐かしくなり、別れを告げる。乙姫様は水切丸という美しい刀を左衛門にもたせた。

「みんなに送られて、鉢形城の堀の下までつつがなく帰ってきた。ところが、釜形の蓋が固くしまっていて、押しても引いてもびくともしない。そこで、みやげにもらった水切丸のさやを払うと、蓋めがけてエイッとひと突きにした。とたん蓋がはずれた。
 穴から上にあがってみるとな、大きなウミガメが真っ赤な血をしたたらせて苦しんでおったと。左衛門はウミガメをあわれに思い、傷の手当をして穴から海へ逃がしてやった。 『小屋に戻れたのも水切丸のおかげだ。粗末にゃできねえ』と、左衛門は自分の小屋のそばにお堂をたて、そこに水切丸をまつって、朝夕おがんでいたと。ところが、あるときお堂が火事で焼けてしまった。不思議に、水切丸だけが残ったと」

「ただの刀ではない」と、左衛門は鉢形城主、北条氏の菩提寺として知られる寄居の正龍寺に、その刀を納めた。
「それから後、水切丸はどうなったか、まるでわからん。正龍寺にも今はないそうな」

 鉢形城跡には、当時の面影をしのばせる空堀や土塁が今も残されている。

めでたし、めでたし。 (寄居町商工会HPより引用)

この民話、信じる、信じないも貴方しだいです。

 

スタンプ押印

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スタンプ設置場所:鉢形城歴史館受付

スタンプの状態: " 普通 " 状態は悪くないが押し方が悪かったのか?

鉢形城

見所ポイント: 本曲輪、二の曲輪、三の曲輪、外曲輪、石積土塁、堀、庭園、等。

駐車場:鉢形城歴史館に無料Pアリ。

総評:空堀が見応えがあり、特に二の曲輪・三の曲輪の間の空堀は巨大である。

荒川から見た本曲輪の断崖絶壁も迫力満点である。

と、手元の資料にあります。まったくもってその通りです。

ここ鉢形城は秀吉の大軍とわたり合った北武蔵の堅城で、歴史的にも地理的にも

とても重要な城跡である事がうかがえます。

近年の発掘により、曲輪や土塁が整備されています。(巨大な空堀が特に良い)

北武蔵を代表する戦国時代の平山城で、学術的価値が高いであろうこの堅固な城!

" 鉢形城 " を週末にでも訪れてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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