みやじ の登城備忘録

2018.4月スタートの続日本100名城スタンプラリーをメインに活動をしています。お城の散策と同時に地元B級グルメも堪能します。


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名古屋城登城! 日本百名城31城目 2011.1.22

名古屋城

別名: 金鯱城、金城、亀尾城、鶴が城、楊柳城、等。

所在地: 〒406 - 0031 愛知県名古屋市中区本丸1 - 1

城地種類: 平城

築城年代: 慶長15年(1610)

築城者: 徳川家康

天守の現況・形態: 層塔型 五重七階地下一階 RC造

文化財史跡区分:国指定特別史跡、国指定史跡、重要文化財多数

名古屋城天守

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連休が取れなかった為、休日1日で愛知県のお城(日本百名城)

3城を制覇する旅に出掛ける事にしました。

名古屋城概要:

名古屋城が築かれた地は元々は「那古野」(なごや)と呼ばれており、今川氏の支城がありました。ここに徳川家康が慶長15年(1610)西国の外様大名らに大々的な天下普請を命じた。名古屋城の築城は大阪城豊臣秀頼を牽制する意図があり、広大な縄張りに

天守、小天守を中心に多くの多聞櫓と櫓を建て並べた最大級の要塞が完成した。

五重の天守には金の鯱が載って評判となり、「 尾張名古屋は城でもつ 」 と謳われるまでになった。 明治になって取り壊されそうになったが、ドイツ公使のはたらきかけなどにより保存される事になった。 (手元の資料より引用)

濠越しの天守

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駐車場を探してウロウロしていると天守が見えたので

早速近寄って一枚写真を撮る。(朝日がまぶしい)

 

御深井丸西北隅櫓

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御深井丸(おふけまる)の西北隅に建つ外観3重、内部3階建で桁行8間、梁間7間、高さは約16.3mあり、別名「清洲」とも呼ばれています。

解体修理の結果、柱を中心に転用材が多く認められました。

そのため清洲城の小天守を移築したものとの伝承も、あながち否定すべきものではないことが明らかとなりました。

三重櫓の中でも熊本城宇土櫓に次ぐ規模の大きさの建築として貴重です。

 

正門改札所

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正面に見える改札所で料金を支払い中へと入ります。

尚、百名城スタンプはここにあります。(忘れずに押しましょう)

 

金の鯱

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名古屋城の鯱は北側が雄で、南側が雌で夫婦との事。

高さは2.6mで重量は1,200kg位あるそうです。

 

清正公石曳きの像

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横の説明看板にはこう書いてあります、「天守の石垣普請は、加藤清正に割り当てられた。巨石を運ぶにあたり、清正自ら石の上に乗り音頭をとったと伝えられている。本像は、その様子を模したもの。」

 

東南隅櫓

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古くは辰巳(たつみ)櫓と呼ばれ、西南隅櫓と同様に両脇には

多聞櫓が附属していたそうです。

そして石垣をよ~く見てみると、隅石は普通の算木積みでいいのですが

その側面の石垣が不思議で、一番下の部分と上の部分は乱積みなのですが、

真ん中の所だけ「落とし積み」らしくなっています。

白河小峰城の「同心半円形落とし積み」みたいに完成度は高く無いですが…。

 

天守基礎石

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現在ある天守を建てる時、こちらに移設された基礎石だそうです。

とても貴重な物なので大切に保存していってもらいたいものです。

 

天守前広場から

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天守前広場からの定番ショットです。

右側にエレベーターがありますが、もうちょっと何とかならない物なのか?

天守の内部に設置するとか…。

 

清正石(1)

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名古屋城の石垣でどうしても見たかった石がこちら。

清正石 」です。(こうゆう遊び心がある感じが好きです)

清正石(2)

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城の石垣の構築を命じられた加藤清正は、巨石の運搬に際し、自ら音頭をとって石を運んだと伝えられていますが、この石垣の施工大名は黒田長政なので単なる説話と思われます。 (自分も強くそう思います)

 

おもてなし武将隊

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当日、城内をくまなく散策しているとある事に気が付く。

天守のある方は人が少なく、なぜか天守を素通りし、広場らしき所に

人だかりが…。しかもなぜか若い女性が多い?

 

演武(1)

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早速人だかりのある広場へ行ってみると、イベントをやっていました。

名古屋おもてなし武将隊 」 による演武とトークで観客を沸かせていました。

 

演武(2)

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こちらの三人、たしか徳川家康前田慶次前田利家だったと

思います。 みんなイケメンな感じです、女性客が多いわけです。

 

はち丸くん

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名古屋開府と同じ1610年、名古屋生まれ。人とふれあうことが大好きで、名古屋をあちこち旅している。風呂敷の中には、ねがいボシの「かなえっち」が入っていて、出会った人にプレゼントし交流を続けてきた。と、プロフィールに書いてあります。

武将隊の演武とトークが凄かったせいか、存在感はあまりありませんでした。

 

演武(3)

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マントをしているのが織田信長で、一番左が盛り上げ役の秀吉です。

みなさんとても一生懸命で真剣にイベントを盛り上げていました。

 

演武(4)

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一人だけ強面の武将が…。(顔の迫力ハンパないです!)

誰だったか覚えていません、ゴメンナサイ。

 

演武(5)

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たしかこの振付をしたのは「パパイヤ鈴木」だったと記憶してます。

キッカケは何でもいい、みんなが城に来てくれれば。

今後とも武将隊のみなさんには頑張ってもらいたいものです。

 

帰る前に

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武将隊のイベントが終わったので、天守内部へ入る事にしました。

 

天守を下から

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こうゆう角度から見ると破風って、本当に美しいと感じます。

それでいてとても力強く迫力があります。

 

天守からの眺望

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真冬なので空気が澄んでいて、とても景色が美しい。

 

スタンプ押印

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スタンプ設置場所: 正門改札所、東門改札所、

スタンプの状態: " やや悪 " 赤いインクが滲んで悲惨なことに…。

名古屋城

見所ポイント東南隅櫓西南隅櫓御深井丸西北隅櫓、二の門、西鉄聞、堀、石垣

駐車場:正門前駐車場(320台)二の丸駐車場(200台)北園駐車場(75台)有料

総評:再建された天守や大手門も含めて、櫓などの建築物の大きさと均衡のとれた美しさは、さすが御三家の城というべきである。加藤清正が築いた天守台の石垣も見事である。と、手元の資料にかいてあります。まさにその通りだと思います。

名古屋城と言えばやはり「金鯱」ですが、模型を近くで見るとその大きさに関心します

天守、櫓、鯱、堀、石垣、縄張りと、どれをとっても規模が大きく巨大でまさに巨城といった感じです。

第二次世界大戦で昭和20年(1945)5月14日に米軍の空襲によって天守と本丸御殿、

東北隅櫓などを焼失してしまいました。(また米軍か!日本の城をいくつも…)

戦禍を免れた本丸東南隅櫓本丸西南隅櫓御深井丸西北隅櫓、は往時の姿を今にとどめ、名古屋城を訪れる者に遺構としての価値や美しさを今も伝えています。

この日本を代表する素晴らしき巨城(名古屋城)へ是非、週末にでも訪れてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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