大垣城登城! 2017.3.18
大垣城
別名: 巨鹿城(きょろくじょう)、麋城(びじょう)、
城地種類: 平城
築城年代: 明応 9 年 (1500)頃
築城者: 竹腰尚綱?
関ヶ原の合戦と大垣城
慶長5年(1600)石田光成ら西軍が徳川家康を討つために、
ここ大垣城に入城して西軍の本拠地とした。と資料に書いてある。
大垣城天守閣(復元天守)
この天守は四層四階建て総塗りごめ様式で、たいへん優美な城として名高く、
昭和11年には国宝に指定された。だが、昭和20年7月29日戦災で惜しくも焼失した。
と、手元の資料に書いてある。 名古屋城・広島城・岡山城・そしてここ大垣城・
まったく、アメリカ軍は…。
乾隅櫓(復元)
今ではこの櫓と天守の周辺ぐらいしか遺構が残っていない感じ。
戸田氏鉄公の銅像
これは誰の銅像だろう?と近づいてみる。「戸田氏鉄」と書いてある。
ダレ? 江戸時代前期の大名で大垣藩主戸田家初代の人らしい。
別名 巨鹿城・麋城
名前の由来はどちらも「大きくて立派」こんな感じらしい。
見所ポイント: 天守閣、乾隅櫓の周辺一角。
駐車場:大垣城公園無料駐車場は無いので、市営の有料駐車場を利用。(30分100円)
総評: 元々の縄張り敷地の広さはかなりの物で、天守閣も国宝だった。それだけに
現在の姿は実に残念というか悔しい。遺構がほとんど残っていないからだ。
それでも僅かに残る天守と櫓の一角は今後、大切に保存していってほしい。