ゴルゴンのお城巡りとB級グルメの旅

2018.4月スタートの続日本100名城スタンプラリーをメインに活動をしています。お城の散策と同時に地元B級グルメも堪能します。


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大和郡山城登城! 続日本100名城 12城目  数多くの転用石が使用された石垣群~其の二(完)

大和郡山

別名: 雁陣之城

所在地: 〒639-1011 奈良県大和郡山市城内町2

城地種類平山城

築城年代天正8年(1580)

築城者筒井順慶

主な関連施設: 柳沢文庫(スタンプ設置場所)

文化財史跡区分: 県指定史跡

天守台高石垣

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2017年4月6日の「城の日」に財団法人日本城郭協会が続100名城を発表

しました。奈良県からは宇陀松山城と " 大和郡山" が選ばれました。

続100名城は幾つか登城済みですが、スタンプを押したうえで登城数を

カウントしたいと思います、今回行った大和郡山を登城 12城目とします。

大和郡山城概要:

 天正8年(1580)に筒井順慶が城主となり、その後天正13年(1583)に豊臣秀吉の弟、秀長が100万石で入城しました。その際に100万石の城に相応しくする為に周辺各地から多くの石材が手当たり次第に調達され、現在の転用石が数多く見られる見事な石垣群が完成しました。その後、明治維新をむかえるまで城主は23~24代入れ替わり現在に至ります。

其の一では主に本丸の外周をメインに探索しました、其の二では本丸内に入り天守台を中心に見事な石垣群を見て行きたいと思います。

竹林橋跡

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二の丸から本丸(天守郭)へと行くために橋が架けられていました。

正面部分には竹林橋櫓(台所橋櫓)があり、その両脇からずっと多門櫓

が続いていたそうです。

 

白沢門櫓台石垣跡

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其の一で紹介した「極楽橋」の本丸側にあったとされる櫓台です。

2019.3.31日まで整備工事のため立入禁止となります。

 

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工事現場の看板の近くに発見しました、続日本100名城選定おめでとう

ございます。

 

郡山城説明看板

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とても分かり易い説明看板です、この文字数で解説してもらえると

とても助かります。

 

柳沢神社

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社務所を過ぎて北側に進むと、丁度本丸(天守郭)の中心ぐらいに

こちらの神社があります。

 

天守台石垣

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神社の先(北)へ進むとこちらの天守台が現れます、ここを右手に進む

とボランティアガイドの常駐スペースがあり、縄張図などの資料を入手

できます。

 

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位置的には天守台北西になります、ここから見ると隅石が算木積っぽく

なっているのが見てとれます。(発展途上の算木積ですね)

 

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発展途上とは言いましたが、よ~く見ると隅石が長辺、短辺と交互になって

います。つまり筒井順慶豊臣秀長の時代に積まれた物ではなく、それ以降

に積まれた石垣か?

 

厩向櫓から

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 この濠向こうが厩郭となるので、ここが厩向櫓となります。

ここまでは濠に水があるのですが、馬場先門跡まで行くと水が無くなり

ます。

 

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位置的にはこちらとなります。

 

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厩向櫓から下を見ます、北側に行くにつれて水が少なくなっています。

つまり北側の堀底のほうが、浅い(高い)という事でしょうか?

 

羅城門の礎石

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天守台の北東に位置するこちらの隅石(色の違う下三段の石)が噂の

平城京羅城門の礎石を転用したものと伝わっています。

 

"さかさ地蔵" 説明看板

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ここ郡山城でもっとも有名な転用石、「さかさ地蔵」の説明となります。

文字が小さく見にくいので、アップしてみます。

 

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石垣の表面だけでも750基!見えない部分も入れればいったい幾つの

転用石が使用されているのか?まったくもって驚きです。

 

" さかさ地蔵 "

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なぜこのように斜め下に突っ込まれているのかと言うと……。

足の裏の平な面が石垣の表面に四角い石として出るように、この向きで

押し込まれています。(なんと罰当たりなっ!)

 

月見櫓跡からの景色

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天守台石垣の東に位置する「月見櫓跡」から東側を見てみます。

この写真をみれば一目瞭然、濠の幅と深さが凄い事になっているのが

分かると思います。(このハンパ無い土木量に感動すら覚えます)

 

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こちらは天守台横(東)から濠越しに城址会館を見た時の写真です。

見て下さい!この濠幅を、とてつもない土木量です。

 

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月見櫓跡から北側を見てみます、「 雲が低い!」秋の空はとても高く

感じます。

 

幻の天守

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城跡でよく耳にする、" あるある話 " に「天守は存在したのか?」と

いうものがあります。ここ郡山城においてはどうやら存在していたら

しいです、おめでとう御座います。

 

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こちらがその礎石となります。

 

数々の転用石

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石垣の下部に明らかに転用石と思われる石材が使用されています。

この様に、ここ郡山城には数多くの転用石が石垣に組み込まれています。

では、他の転用石も見てみましょう。

 

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天守台をパッと見ただけで、これだけの転用石が目に飛び込んできます。

 

 

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こんな物もありました、" 梵字 " が刻まれた転用石です。

 

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ボランティアガイドの方が説明してくれました、梵字の刻まれた石材

は「五輪塔」の一番下の部分で " " をあらわしているそうです。

要するにこれは墓石という事になります。

 

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先程にも紹介しました、平城京羅城門の礎石と伝わる転用石です。

伝承どおり、本物だとしたら凄い事ですね。

 

ご当地グルメ

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奈良県の名物で「柿の葉寿し」といいます。

柿の葉寿し概要:

柿の葉寿しとは、奈良県和歌山県、また日本海側の石川県や鳥取県

などで食されている郷土料理で、魚を塩でしめてから柿の葉に包み

重石などで余分な空気を抜き発酵を促した食べ物。

 

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柿の葉をめくって中を見ると、こんな感じになっています。

酢と柿の葉のタンニンによって防腐効果があり、数日間持ちます。

 

スタンプ押印

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スタンプ設置場所:柳沢文庫(竹林橋を右折した先の毘沙門郭内)

スタンプの状態: " "  屋内管理で状態はとても良い。

スタンプの印影: 本丸・天守台石垣の印影となります、なかなかの

        デザインです。

 

大和郡山

見所ポイント: 本丸、二の丸、天守台石垣本丸石垣転用石、濠、向櫓、追手門、等

駐車場:城址専用駐車場はありません。追手門前に数台駐車可(無料?)

総評:豊臣秀吉の弟、秀長が城主となり、それに相応しい城(100万石)として大改修が行われ本丸を中心に二の丸、三の丸と豊臣家の権力と財力を誇示するが如く、大城郭へと変貌をとげました。その際に急ピッチで進められた拡張工事において、近隣の神社・仏閣、墓地等から手当たり次第に石材が集められ、数多くの転用石が石垣に組み込まれました。ここ大和郡山城へ来ると、その大城郭の痕跡と圧倒的な土木量に感動と驚きを隠すことができません。そして何よりも楽しかったのが、見事な高石垣に使用されている " 転用石さがし " で、一日中転用石を探していたいっ!そんな気分にさせてくれます、こんな石垣好きにはたまらない城跡、大和郡山城へ週末あたり訪れてはいかがでしょうか。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大和郡山城登城! 続日本100名城12城目   数多くの転用石が使用された石垣群~

大和郡山

別名: 雁陣之城

所在地: 〒639-1011 奈良県大和郡山市城内町2

城地種類平山城

築城年代天正8年(1580)

築城者筒井順慶

主な関連施設: 柳沢文庫(スタンプ設置場所)

文化財史跡区分: 県指定史跡

天守台石垣

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2017年4月6日の「城の日」に財団法人日本城郭協会が続100名城を発表

しました。奈良県からは宇陀松山城と " 大和郡山" が選ばれました。

続100名城は幾つか登城済みですが、スタンプを押したうえで登城数を

カウントしたいと思います、今回行った大和郡山を登城 12城目とします。

大和郡山城概要:

 天正8年(1580)に筒井順慶が城主となり、その後天正13年(1583)に豊臣秀吉の弟、秀長が100万石で入城しました。その際に100万石の城に相応しくする為に周辺各地から多くの石材が手当たり次第に調達され、現在の転用石が数多く見られる見事な石垣群が完成しました。その後、明治維新をむかえるまで城主は23~24代入れ替わり現在に至ります。

鉄御門跡

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 現在ではこの鉄御門跡の脇にある、二の丸の濠までしか濠は残っていま

せん。

 

 

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 城への入り口は数カ所ほどありますが今回はここから登城します。

 

郡山城縄張図

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現在では案内図にあるとおり、本丸と二の丸しか残っていません。

看板に「在りし日の栄華を心に浮かべ、城跡を歩いてみましょう」と

書いてあります、そうです肝心なのは " 妄想力 " です。

 

弓櫓跡

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鉄御門を通り過ぎるといきなり現れる濠と石垣です。

雑草でみにくいですが、横矢枡形の櫓台跡となります。

 

追手向櫓

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明治6年1873年)に破却されましたが、昭和62年(1987年)に復元

されました。

 

追手門

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柳沢氏が城主として入ってからは、「 梅林門 」と改称されました。

昭和58年(1983)に再建されました。

ここで門から内部へは入らずに、二の丸へと戻ります。

目的は本丸の石垣を濠越しに眺めるためです。

 

本丸坤角櫓跡

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中仕切門跡付近から濠越しに本丸の見事な高石垣を見学します。

草が元気よく生えていて、石垣の景観を損ねています。(残念です)

 

五拾間馬場跡から

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 本丸の西側にあたる場所から、濠越しに天守台をみて見ます。

濠の幅がかなりあるのが、写真から見てとれると思います。

 

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場所はこちらとなります。

 

厩郭跡から

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本丸高石垣と天守台高石垣がとても良い感じでそびえ立っています。

 

 

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本丸天守台石垣は、圧倒的な存在感を醸し出していました。

 

馬場先門跡から

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 城の北側へと移動し、再び濠越しに本丸の石垣をじっくりと見ます。

使用されている石材の数は、いったいどの位あるのでしょうか?

位置的にはここになります。↓

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 ここから城址散策道を東へと進みます。

 

久護門跡にある看板

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文字が小さくて見えないので、アップで撮ってみます。

 

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成るほど、良質な石が取れない土地柄だったので、周辺地域から石材を

かき集めた結果、転用石の宝庫となったんですね。

 

明治の館

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先程の看板から東側を見ると、こちらの建物が建っていて目を引きます。

外見は和風ですが、内部の造りは洋風でビックリします。

 

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詳細については上の写真のとおりです。

 

車寄

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屋根の上にある鬼瓦が凄い顔してます。

 

明治の館から

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城址会館(明治の館)から見る追手門となります。

 

久護門跡

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追手門のすぐ横にも門があったと、そういう事でしょうか?

 

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向櫓と追手門の丁度裏側で、当日はイベントが行われていました。

正確にはイベントが行われる直前の様子です。

 

極楽橋

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毘沙門郭(二の丸)を南下していくと、本丸と二の丸とをつなぐ橋の

跡がこちらの「極楽橋」となります。

 

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現在、こちらの極楽橋を復元しようという声があがり計画が進んでいる

との事、今後に期待したいと思います。(3億円寄付した女性がいたとか)

 

柳沢文庫

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こちらの " 柳沢文庫 " にて続100名城のスタンプを押す事ができます。

自分はここで縄張図も貰おうとしたのですが、ここにはまだパンフレット

も縄張図も置いてありません。(500円する特大の縄張図はありますが)

でも安心して下さい、天守台近くのボランティアガイドさんの常駐ス

ペースに「郡山城跡案内絵図」なるものが置いてあるのでそちらを使用

しましょう。

今回はここまで、其の二へつづく。

大和郡山

見所ポイント: 本丸、二の丸、濠、石垣、天守台、櫓台跡、転用石、追手門、等

駐車場: 城址専用駐車場はありません(2018.10月現在)近隣のコインパーキング

中間報告:豊臣秀吉の弟である秀長が拡張整備した100万石の城、今回訪れてみて最初に感じた事は本丸、二の丸以外はほぼ残っていなくても、その威容や迫力みたいな物がヒシヒシと伝わってきた事でしょうか。特に本丸高石垣と天守台、その周りに巡る豪快な濠等を見ていると、その圧倒的な土木量に驚愕してしました。

其の二ではその天守台と転用石を中心にレポートしていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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