ゴルゴンのお城巡りとB級グルメの旅

2018.4月スタートの続日本100名城スタンプラリーをメインに活動をしています。お城の散策と同時に地元B級グルメも堪能します。


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宇佐山城登城!             信長が近江で最初に石垣を用いた山城~

宇佐山城

別名: 志賀城、志賀要害、

所在地: 〒520-0027 滋賀県大津市錦織町宇佐山

城地種類: 山城

築城年代: 元亀元年(1570)頃。

築城者: 森 可成(もり よしなり)

主な関連施設宇佐八幡宮、近江神社。

文化財史跡区分: 指定無し。

城東側の石垣

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 京都に用事があり(船岡山城にある建勲神社)近くを通ったので、

織田信長安土城より以前に石垣を積極的に用いたとされるここ

「宇佐山城」へせっかくだからと登城しました。(2019.11.3.登城)

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宇佐山城概要:

宇佐山城は元亀元年(1570)に織田信長が家臣の森 可成に命じて琵琶湖

の西側に築かせた山城となります。宇佐山城の戦いでは、浅井・朝倉連

合軍3万の軍勢によって攻撃されますが、城主森可成率いる1千~3千の

奮闘により落城は免れその後和議となり城は廃城となりました。

宇佐八幡宮をめざす

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山の中腹にある「宇佐八幡宮」をめざします、そこには駐車場(5台位)

があるからです、この下に神社がありそこにも停められますが、そこから

宇佐八幡宮まで徒歩で25分位かかるでしょうか?なのでこの急坂を登っ

ていきます。(写真では伝わりませんが、すごい急坂です!)

 

駐車場から

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駐車場から宇佐山城へと行くには、ここを真っすぐ(車止の小道)進み

ます、左側の石段を登って行くと八幡宮へと行ってしまいます。

 

まさかの登城口!

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実は先程の駐車場で身支度をしていると、老夫婦の二人が山から下りて

きたので、「城の登城口は何処ですか?」と聞きました。

ここで道を聞かなければこのまま左へと進んでいた事でしょう。

因みに道なりに左へ進んで行くと、これまた宇佐八幡宮へとたどり着く

みたいです。(宇佐山城と書かれた看板がこの状態では…)

 

登山道が……。

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ご覧の通りの感じなので、道がわかりにくい!

地元の小学生達が手作りで作成した看板だけが頼りです。

(倒れてるけど…)

 

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とても静かな山の中で登山道も分かりにくい、この手作り看板が無けれ

ば途中で引き返していたかもしれない。(看板、倒れてるけど…)

 

 

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ようやく道らしい感じになってきた、それでもちゃんと手作り看板が

案内してくれます。

(H21年と書いてあります、腐って倒れても仕方ありません)

 

看板に励まされる

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薄暗くて誰も居ない山道で、気持ちが凹みがち…。

でも大丈夫!俺にはこの看板があるから!

おっちゃん頑張るやで!

 

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ここ何処?って感じですが、立派な登山道です。(もはや獣道です…)

そしてこの上(写真左側)に石垣があります。(分かりにくい…)

 

石垣が見えた!

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 ここまでの道のりがあんな感じだったので、喜びもひとしお。

秘境のジャングルで遺跡を発見した気分になりました。

 

 

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城の東側斜面に積まれた野面積の石垣となります。

見事ですね~!苔むした感じが時の経過を感じさせます。

 

破城(城割)の痕跡?

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側面はしっかりと残っているのに肝心要の隅石部分がご覧の通りとなっ

ています。

廃城とした時にわざと隅石部分を壊したのでしょうか?

 

 

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講和の条件の中に、この宇佐山城の廃城が盛り込まれていたのではない

か?と言う話を聞いた事があります。

(本当かどうかは分かりません…)

 

石仏?

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ここまで誰かが運んできたのでしょうか?

 

本丸下の石

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ここ宇佐山城は総石垣造りではなかったと言われています、本丸や

二の丸の東側斜面を重点的に石が積まれていたとされています。

理由としてはやはり城の東側(琵琶湖側)に位置する街道や周りの城

に対する威厳の誇示や威嚇を意識しての物だったと思われます。

 

腰曲輪

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本丸東部分にある腰曲輪となります、何かコンクリート片みたいな物

がありますが何でしょうか?

 

 

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本丸と腰曲輪とを隔てる部分に積まれている石となります。

土止めのための石積でしょうか。

 

アンテナ施設

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現在本丸部分にはNHKや民放のアンテナ施設が建っています。

 

謎の敷地?

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こちらの鉄条網で厳重に囲まれている謎の敷地は、二の丸南端部分に

位置します。(不発弾でも埋まっているのでしょうか?)

やはり説明看板が必要ですね。

 

モノレール

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本丸の西側斜面にはこの様に荷物運搬用のモノレールが設置されてい

ます、これに乗れば道に迷う事もなく、あっという間に山頂に到着で

きるのになぁ~…。

 

北曲輪

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本丸の北側に離れた位置に展開する北曲輪となります。

ここ宇佐山城において唯一眺望が望めるのはこの先にある北曲輪の

北端で、晴れていれば琵琶湖を中心に最高の景観が楽しめます。

 

眺望

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この日は生憎の曇天模様、晴れていれば最高の景色だったのに…。

地元小学生達が作成してくれた手作り看板のおかげでとても充実した

宇佐山城登城となりました、ありがとうございました。

下城途中に道を見失い、道に迷った事はあえて書きません。

(恥ずかしいので)

 

ご当地グルメ

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近江ちゃんぽん

京風だしをアレンジした和風醤油味です。は海老や烏賊など定番の海鮮は一切入らず、豚肉と野菜だけです。は唐灰汁を使ったちゃんぽん麺ではなく、かんすいを使った中華麺を使います。調理方法も中華鍋で炒めるのではなく手鍋で煮込みます。あえて唯一の共通点を挙げると「具がたくさん乗った麺料理」という点です。

(ちゃんぽん亭ホームページから引用させていただきました)

感想:

身体に染み渡るような感じの優しい味でした、野菜もたっぷり入っており健康的          で、とにかくしつこくないので毎日食べたいなと思いました。

宇佐山城

見所ポイント:本丸、二の丸、三の丸(眺望)、竪堀、石垣、土塁、虎口、等

駐車場宇佐八幡宮5~6台、近江神社駐車場(登山道まで徒歩20分)。

総評:元亀元年に織田信長の命により築かれたここ宇佐山城は、近江では初めてあの安土城よりも先に石垣が採用されたといわれるちょっとすごい山城で、今回訪れる事ができ本当に良かったと思いました。

往時、森可成亡きあと宇佐山城に入り比叡山焼き討ちを準備、指揮した明智光秀が2020年の大河ドラマで放送される事から、おそらく来年以降は登山者が増える事が予想されます。

こんな貴重な石垣が残り、地元小学生の心温かさを感じられる山城「宇佐山城」に週末あたり訪れてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忍城登城 ! 続日本100名城 22城目       難攻不落の忍の浮城~

忍城

別名:浮城、亀城、

所在地: 〒361 - 0052  埼玉県行田市本丸17-23(行田市郷土博物館)

城地種類: 平城

築城年代: 15世紀後期頃

築城者: 成田氏

主な関連施設行田市郷土博物館(続100名城スタンプ設置場所)

文化財史跡区分: 県指定旧跡

御三階櫓

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2017年4月6日の「城の日」に財団法人日本城郭協会が続日本100名城

を発表しました、埼玉県からは忍城・杉山城・菅谷館が選ばれました。

スタンプを押したうえで登城数をカウントしたいと思います。

今回のをもって続日本100名城、登城 22城目とします。

忍城概要:

15世紀後期頃に成田氏によって築城または改修されたとされていますが、詳細な築城時期については諸説あります。湿地帯に築かれた水城で、点在する島をそのまま曲輪として利用し、島と島を橋で繋ぐ縄張構造となっており、その堅固さから関東七名城の一つにも数えらえていました。

天正18年(1590)、秀吉による小田原攻めの際には、丸墓山古墳に本陣を置いた石田三成率いる2万3000の軍勢によって水攻めにされましたが小田原城開城までもちこえ、その堅城ぶりから「難攻不落の忍の浮城」と呼ばれるようになり今日に至ります。

 現在の地図

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こちらが現在の忍城となります、昔の面影はまったくといって良い程

残ってはいません。(ほとんど埋め立てられています)

 

 

本丸土塁跡

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本丸にある駐車場から博物館へ行く途中の道端にあるのがこちらの土塁。

これは城の西側を囲んでいた土塁で、現存となる貴重な土塁です。

 

 

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残念ですが現在残っているのは、この一部の土塁だけとなります。

 

進修館の門

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行田市郷土博物館の南側に位置するこちらの門は、忍城の遺構として

唯一現存する建造物でとても貴重な物らしい。

それでは説明看板を見てみましょう。

 

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進修館の門 」であるかは確定していませんが、現存する武家屋敷の

表門でとても貴重な歴史建造物と書いてあります。

 

いざ、御三階櫓へ

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先程の「進修館の門」から東へ通路沿いに進んで行くと土塀の上に御

三階櫓が顔を覗かせます。

 

(模擬)御三階櫓

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往時、この三重櫓は三の丸の勘定曲輪の端に建っていました。

(現在の水城公園付近)明治の忍城解体の時に破却されましたが、

昭和63年(1988)に場所を現在の位置に移して再建されました。

 

 

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御三階櫓をながめてみる、「何か違和感を感じる…?」そう思ったので

調べてみたところ、この三重櫓!サイズや形などがまったく違う完全な

模擬櫓でした。

 

水堀

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 御三階櫓の東側に展開するこちらの水堀、これは現存なのだろうか?

それとも……。(看板もなく、調べましたがわかりませんでした)

 

あづま橋と御三階櫓

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この忍城址において1番の定番ショットとなります、ですが当日この

時間帯は逆光でうまく撮れませんでした。(3月9日 12時20分頃)

 

 

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橋を渡りこちらの門の横(潜戸)から内部へと入ります。

 

忍城説明看板

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先程の門を入った所にこちらの説明看板があります。

 

石垣の石

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忍城にあったとされる石垣の石といわれています。

四角く切出され、化粧が施されているので江戸時代の物でしょうか?

 

 

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細長く奥行きもあり、しっかりとした石材ですね。

 

 

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少し荒目の " はつり化粧 " で、ごつい感じが出ています。

 

鐘楼

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現在ここにある鐘楼は1992年に再造された物で、本物は郷土博物館に

展示されています。

 

行田市郷土博物館

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御三階櫓に入るには、こちらの郷土博物館の2階から入る事になります。

因みに続100名城のスタンプはここにあります。

 

御三階櫓からの景色

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御三階櫓からの景色となります、高さがそれ程でもないので遠くまで

見通せるわけではありませんが、気持ちは良いですね。

 

 

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往時、この辺りが沼地だった面影は現在ではまったくと言っていい程

ありません。

 

下城

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" 県指定旧跡 " とある様に、現在の忍城に遺構はほとんどありません。

なのでここで下城し、石田三成が陣を敷いた丸墓山古墳と石田堤を見に

行きます。

 

石田堤?

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こちらの盛り上がった道が、かつての " 石田堤 " です。

と言われたらあなたならどう感じますか?

その説明看板がこちら↓

 

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昔は高かったんですよ、きっと。

今はこんな感じですが……。

 

丸墓山古墳

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6世紀前半頃に築かれたとされる古墳で、直径105m、高さは約19mある

とされていて円墳としては全国で2番目の規模を誇ります。

ここに石田三成が陣を敷いたといわれています。

 

円墳からみる忍城

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円墳から忍城の方角を見てみます、このレンズでは忍城の縄張を確認

できませんでした。

 

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反対側を見てみます、なる程ここに陣を敷くのは納得がいきますね。

 

帰路に就く

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心地よい見晴しが堪能できるここ丸墓山古墳を後にし、帰路に就く事に

しました。

 

スタンプ押印

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スタンプ設置場所行田市郷土博物館。(スタンプだけなら無料)

スタンプの状態: "  " 屋内管理で状態は良好!(綺麗に押せます)

スタンプの印影: 定番ショットの御三階櫓。

忍城

見所ポイント:土塁、沼の一部、石垣の石材、御三階櫓。

駐車場忍城公園、第1駐車場(33台)第2駐車場(22台)。

総評:ここ忍城は戦国時代から、あの「のぼうの城」でも有名な小田原平定での戦いに至るまで一度たりとも力攻めによる落城を経験していない、まさに正真正銘の難攻不落の名城であったと言われています。

1479年に上杉定正、1553年に北条氏康、1574年に上杉謙信により包囲されるものの落城せず、1590年に豊臣秀吉による小田原平定では成田長親以下3000(諸説あり)の兵で石田三成率いる2万3000の軍勢を見事退けています。

往時の沼地に浮かぶ22もの曲輪を有する難攻不落の縄張は現在その姿を残してはいませんが、その姿を想像しながら現在の忍城公園を散策してみるのもいいかもしれません。

こんなかつての「難攻不落の名城忍城に週末あたり訪れてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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