ゴルゴンの登城備忘録

2018.4月スタートの続日本100名城スタンプラリーをメインに活動をしています。お城の散策と同時に地元B級グルメも堪能します。


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九戸城登城!続日本100名城29城目 上方軍6万を迎え撃った九戸氏の城~

九戸城

別名福岡城

所在地: 〒028 - 6101 岩手県二戸市福岡字城ノ内

城地種類平山城

築城年代: 明応年間(1942~1501)

築城者: 九戸氏

主な関連施設二戸市埋蔵文化センター(スタンプ&御城印)

      :九戸城ガイドハウス(スタンプ)

文化財史跡区分: 国指定史跡

本丸南の石垣と堀

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2017年4月6日の「城の日」に財団法人日本城郭協会が続日本100名城を発表

しました、岩手県からはここ " 九戸城 " が選ばれました。

スタンプを押したうえで登城数をカウントしたいと思います。

今回の九戸城をもって続日本100名城、登城 29城目とします。

2020.9.20登城。

九戸城概要:

築城は明応年間(1942~1501)とされていて、馬淵川と支流の白鳥川・猫淵川の天然の濠に囲まれた河岸段丘上に造られ、まさに天然の要害ともいえる平山城でした。

天正19年(1591)、当時ほぼ天下統一を成していた秀吉により、奥州再仕置軍が編成され総大将 豊臣秀次、討手大将 蒲生氏郷、を筆頭に出羽、津軽、からの援軍も加わり実に6万もの軍勢がここ九戸城を包囲し攻撃を開始します。

九戸政実率いる5千の籠城軍は奮闘、簡単に落城しない九戸城でしたが、薩天和尚を仲介とした偽りの和議により開城、開城後二の丸にて籠城者の多くが撫で切りにされたといわれています。

開城後、蒲生氏郷が城の一部を改修し「福岡城」と名を改めます、そして時は流れ寛永13(1636)に九戸城(福岡城)は廃城となりました。

九戸城鳥瞰図

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遺構の位置関係は以下、こちらの鳥観図を元に説明していきます。

 

九戸城ガイドハウス

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所在地 〒028-6101 二戸市福岡字城ノ内3-3(九戸城エントランス広場内) 

(開館期間)4月中旬~11月 ※期間中は原則毎日開館しています。
(開館時間)10時~15時

まずこちらのガイドハウスで、スタンプと関連資料(縄張図等)を入手します。

 

深田堀から見る二の丸切岸

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ガイドハウスを出て南西に進み、深田堀から東へと進み若狭館~二の丸~石沢

館~本丸へと進んでいくルートをとりました。

この辺りの切岸はもはや垂直の壁となっており、城の防御としてはかなりの

ものと感じました。

 

大手門跡

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九戸城の南西に二の丸へと通じる大手門があったとされています。

訪れた日は工事中で立入禁止でした。

 

二の丸南東切岸

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本丸と二の丸を囲むようにある濠跡のような部分はかつて泥炭地であったと

され、現在でも二の丸と若狭館の間は歩くとズブズブと地面に足が沈んで水が

染み出てくるほどです。

 

二の丸東の切岸

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二の丸の東、若狭館と二の丸の間からみた二の丸の切岸となります。

位置は鳥観図の①となります。

 

若狭館

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二の丸の東に位置するこちらの曲輪は、九戸城当時の姿をそのままに現在まで

残っていると言われています、また近代において耕作の際に、工房のあった

ことを示す吹子の羽口等が出土しています。

 

二の丸

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資料によると本丸と同様、落城後に改修されたと考えられています。

北東部からは竪穴式の製鉄・漆関係の工房や大型の建物が立ち並んでいた遺構

が見つかっているそうです。

 

二の丸東の曲輪

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場所は鳥観図の②となります。

この撮影場所の近くにあるトイレ周辺からは、墓穴から十数体の首の無い人骨

が見つかっています。

ここで本丸へは行かずに城北東にある搦手門跡~石沢館を見に行きます↓

 

搦手門跡付近の切岸

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搦手門跡の南側の切岸となります、400年以上も経つのにキレイな感じ

です、定期的に修繕等を行っているからでしょうか?

 

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位置はご覧の通り、所々にこのよう現在地看板が設置してあるので助かります。

 

搦手門跡

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二の丸から若狭館、石沢館、三の丸、九戸へと通じる虎口となります。

搦手門跡の説明看板があったので見てみましょう↓

 

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堀底の脇にある通路を通り、各曲輪へと移動する構造になっています。

 

石沢館(外館)

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二の丸搦手の東に位置する曲輪で、猫淵川と接する場所にあり九戸城時代の

姿を現在に残しているといわれています。

 

二の丸と石沢館間の堀底から

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 進入してきた敵兵は、ぬかるみに足をとられながら両サイドからの攻撃を受

けるんですね、恐ろしい。

現在地はこちら↓

 

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割と高低差がない城の東側は、この城のウイークポイントですが、若狭館と

石沢館と泥炭地の堀でその弱点をカバーしていた様子がうかがえます。

ここで搦手門跡を通り、本丸の追手門跡へと向かいました↓

 

本丸追手門前の空堀

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場所は鳥観図の③となります。

本丸の東側に位置する追手門跡は、二の丸との間に写真にあるような空堀

設けられています。

その反対側(南側)も見てみましょう↓

 

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平成元年度(1989)から平成9年度(1997)にかけての調査では、九戸城落城

後に蒲生氏郷らにより追手門が枡形虎口に、また南虎口が食違いの枡形虎口に

造り直された事が分かりました。

 

本丸の囲み土塁

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本丸追手門跡の木橋を渡り、枡形虎口から右側(北側)を向くと本丸を囲む

ように盛られた土塁を確認できます。

 

追手枡形虎口

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蒲生氏郷らが改修したとされる、追手門跡の枡形虎口となります。

中世の城、九戸城に織豊系城郭の特徴を見る事ができる貴重な遺構となって

います。

 

本丸跡

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ここ本丸は九戸城落城後に蒲生氏郷らにより、約100m四方の直線的な形の

近世的な曲輪に改修されています。

尚、現在でもここ本丸には隅櫓跡が2カ所現存しており確認する事ができます。

 

本丸西側からの景色

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本丸西側から三の丸とその周辺を見た景色となります。

この下の本丸切岸は高さと角度がかなりのもので、まさに天然の要害といった

感じです。

 

本丸南側の堀と石垣

 

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本丸と二の丸とを隔てる幅約10m、深さ約5mの空堀と石垣となります。

九戸城落城後に蒲生氏郷らによって築かれたとされています、堀の両面に野面

積の石垣が積まれています。

 

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写真では草が生い茂り分かりにくいですが、堀の両面に野面積の石垣が積まれ

ています、こちらの石垣は蒲生氏郷の普請で穴太衆が積んだ " 穴太積 " の石垣

であるといわれています。(草がなければ…)

本丸石垣についての説明看板があったので見てみましょう↓

 

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本丸南の虎口跡

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本丸と二の丸とをつなぐ2つある虎口の一つで、本丸の南側に位置します。

場所は鳥観図の④となります。

説明看板があったので見てみましょう↓

 

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門にともなう礎石の一部が発見されているんですね。

これで九戸城の散策は終了、次の城へと向かいました。

 

スタンプ押印

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スタンプ設置場所:九戸城ガイドハウス・二戸市埋蔵文化財センター。

スタンプの状態" " 屋内管理なので状態良し。

スタンプの印影:本丸南の石垣と掘。(ここしかないでしょ!)

 

御城印

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御城印販売場所:二戸市埋蔵文化財センター。

御城印のサイズ:通常サイズ。

御城印の値段¥:一枚300円。

 

九戸城

見所ポイント本丸、二の丸、若狭館、石沢館、空堀石垣、土塁、枡形虎口、等。

駐車場:九戸城ガイドハウス(10台程)緯度経度:40.268628, 141.302360 

総評天正19年(1591)の九戸城の戦いにおいて開城・落城後に、蒲生氏郷により九戸城は改修、本丸、二の丸を中心に再普請され、近世城郭の特徴を持つ曲輪や虎口が造られました。

これにより天然の要害にして難攻不落の中世の城、九戸城はかつての中世の城の縄張特性を残す石沢館、若狭館と近世城郭の特徴を備える本丸、二の丸との2つの顔を持つ特徴的な縄張構成となりました。

中世的な部分と近世的な部分とが混在するこの特徴的構造の城郭は、訪れる者に様々な感情と感動を与えてくれる、とても見どころのある城跡となっています。

こんな素晴らしき平山城である九戸城へ、週末あたり訪れてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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